「ハチミツとクローバー」8巻・9巻・10巻(羽海野チカ/集英社)

ハチミツとクローバー 8 (クイーンズコミックス) ハチミツとクローバー 9 (クイーンズコミックス) ハチミツとクローバー 10 (クイーンズコミックス)

 今月のマンガ夜話で取り上げられるというので、それに合わせて読了。
 まあ実は、アニメ版で最終回までのあらかたの流れは全部知ってたんだけどね。つかよく考えたら、アニメ版は話の最初から最後まで全部やったのか……近年珍しい事態だったんだなぁ。
 はぐ大怪我ネタについて思うところがないわけではないですが、いまさらすぎますし、やめておきます。
 最後まで読んで、最も強く感じたのは「別れ」ですね。大学を出て、それぞれの違う道へみんな散っていくという。
 大学に限らず、学校を出てしまうと、それまで仲がよかった人たちと一気に疎遠になる。少なくともオイラはそうでした。住まう世界が違ってしまうからなんだ、と自分をなんとか納得させて寂しさを埋めてきたのですが……
 ましてや大学は、弱者であることを許されている最後の世界、学生と社会人という隔絶されたまったく違う領域の境界ですからね。とりわけ、別れ別れになっていくことの意味、寂寥が降りかかってくる。
 オイラが生まれる前の流行歌で「22歳の別れ」という歌がありますが、あの世界ですよね。どうしようもなく訪れる岐路と、変わっていく世界。
 いまは携帯もSNSもあるから、もしかしたら様相が違うのかもしれない、繋がりや交流を保てるのかもしれないけれど。


 しかし、最終巻の巻末に収録されてる「星のオペラ」という読切がすごすぎる。すごくいい。
 初出がドラえもん競作とのことなので「なんの道具を使うんだろう」と思いながら読んでたらあれですよ。「そう来るかい!」と叫びたくなる鮮やかさで。

「神様のメモ帳 探偵の愛した博士」(杉井光/メディアワークス 電撃hpvol.49(asin:4840240213)収録)

 杉井さん生涯2度目の小説誌面掲載。しかし、「探偵の愛した博士」でググっても感想が一件も出てきやしないたぁ……むー。掲載なんてそういうものなんですかね。
 枚数を例によって手元で照合してみる。えー、原稿用紙換算で120枚前後かな。こういう誌面掲載における枚数データってあんまりおおっぴらになってないからつい調べたくなるんだよね。

  • 店にミンさんの旧友(酒屋経営)来訪。売り物に異物が混入されることが続発して困っている。酒屋は休業中。
  • 酒屋におじゃましてカメラとか設置。酒屋のあんちゃんに彼女がいたりとか。あんちゃんの母親は酒屋をたたんで彼女と結婚しろよと思っている。
  • 再犯が。しかもカメラには犯人の姿が映っていない。不可能犯罪か?
  • 犯人はあんちゃんの母親だった。息子が家業のために無理をして人生を削るのがしのびなくて。

 一応、アリスの恋愛をほじくるというコンセプトでスタートしているのですが、冒頭にアリス×ナルミのシーンを配置して、ナルミがやたらに(本編以上に)アリスを女の子として意識しまくるというエピソード→そこから酒屋のあんちゃん出して、アリスがあんちゃんに一見恋する乙女ふうの言葉を吐くという流れがとても美しい。
 やってきたい展開とテーマへ誘導するのに、まったく歪んでいない。
 スーパー店長の堀田さん、由美さん、おばさんと、3人を対等に犯人候補として並べて出してるあたりもなかなか見るものがあります。
 でも……アリスがあんちゃんを大事にするオチはドクペ関連だと序盤で読めてしまいました。表紙のナルミがドクペを持っているのがいけないんだ! 子どものころ、酒屋でジュースを買った経験があってよかった。


 ところでアリスってマジで幾つぐらいなんでしょうね。オイラ的には13歳を推奨したいのですが。少女と女の境目的な意味で。

「神様のメモ帳」2巻(杉井光/メディアワークス)

神様のメモ帳〈2〉 (電撃文庫)

 全体的にヤクザ世界な話。1巻目とはちょっと毛色を変えてきた感じ。
 一人称なせいもあって、それほど違和感を感じさせずに読ませてますけれど。学園生活も都心ヤンキーも乏しくて、代わりが外国人労働者とかマネーロンダリングではさすがに生臭さは隠せません。
 読んでるとだんだん、杉井さんはホンマもんにヤクザに結構会うたことがあるんじゃないかとか思えてきてしまうのが今作の魅力でしょうか。や、それだけそれっぽかったというか。もちろんほとんどは資料経由だと思うんですけどね、杉井さんがニートになる直前は新宿の雀荘で働いてたとかのを聞くと、勝手に妄想止まらなくなるというか。
 ……お前は新宿って街にどういうイメージを持っているんだよ(笑)

  • ニート探偵事務所に謎の2億円を持った少女が転がりこんでくる→依頼発生。行方不明の父親を探してくれ。
  • 父親がやってた会社はやくざ絡みで、2億に横領疑惑が。
  • 地元でうろうろしている父親を目撃。横領とか他ヤバいこと絡みならヨソに逃げてるはずなのに。
  • やくざに襲撃され、そのことで父親がやくざに拉致されたことがわかる。
  • 会社はやくざが脱税した金の濾過、マネーロンダリングに使われていたことがわかる。
  • やくざからの脅迫、それに応酬するように、人を集めて動員して2億円を1日で振り込む。
  • あまりの大規模さに銀行まで口座主(=父親)をともなって確認しに来るやくざ、そこを襲って父親を奪還する。

 今回はわりと割りやすかったと思います。四代目との兄弟盃とかは上では省きましたが、今後に意味のあるエピソードでした。というか四代目はカコイイですねえ。
 しかし杉井さんから「家族」とか言われると妙に違和感というか、気恥ずかしさを覚えるのは……んー、完全に偏見だなぁ。


 ところで、カバンのなかまで水が染み入る大雨にたたられてしまったせいで、この本がちょっとベコベコになってしまったのですが……べつにビブリオマニアでもないくせに、本がちょっとでも傷むとすごくショックなのはなぜだろう。

「TISTA」1巻(遠藤達哉/集英社)

TISTA 1 (ジャンプコミックス)

 初恋のイメージは、すぎていく時間とともにプラス方向に増幅されていくものだと思うのですが。
 オイラにとって、遠藤さんはそういうものに近かった。
 増刊を買う習慣がついたかつかなかったころ、遠藤さんのデビュー作「西部遊戯」と出会って。ジャンプというのは初掲載のときはプロフィール欄がつくんですが、そこで遠藤さんの歳がオイラと同じというのもまた恋を加速させるに充分だった。たぶん、遠藤さんが初めてだったので。同い年で、ジャンプにジャンプにデビューしたのは。
 そこから7年かかって、やっと連載が来たわけで。舞台はSQに変わってしまいましたが。
 一貫して「戦う少女」を描いてきて、ときにはその少女に不幸な生い立ちが加わることもありましたが、舞台やキャラクタを変えつつも、「戦う少女」というモチーフだけはずっと変えてこなかった。おそらくジャンプの伝統など考えると、編集さんからは「少年主人公で描け」とか何度か言われたと思うんですよ。でもそれを安易に受け入れず、遠藤さんは貫き通してきた。
 だから7年もかかったのかもしれませんが。
 いろいろな幸・不幸の捉えかたがあると思います。話のキレはやや落ちてても、その作者の作品を早く読めること。完璧に近いキレを追い求めるために、作品発表に時間がかかってしまうこと。
 フィクション読みとして、どちらかだけが絶対に正しいとはオイラは言えません。現実に、量産タイプの人も職人タイプの人もいますし。
 ただ覚悟だけ、受け手として覚悟だけはいつも持っておきたい。待ち続けることも、急ぐあまりにクオリティが落ちることも。


 ストーリーに関しては最終巻が出てから語ろうと思います。ティセの原罪とか、まだ収録されてないしね。いかにして「主」に依存し、それゆえ救われず、破滅の道のみしか選べなかったのか――

「ゆら×イラ」4*1

「おーい、みすずー!」
 県立屋内プールの玄関ホールは、競技を終えた選手や応援の人たちでごった返していた。ほんの一時間前までプールにあった喧騒がそのまま移ってきたよう。
 その混んだなか、みすずは手を振っている結華に気づいた。手を振り返して、駆け寄っていく。
「応援、来てくれてたんだ」
「当たり前でしょ。島村の件もあったし。だいたいあたしは青春評論家よ、血と汗をふりしぼる青春の結晶イベントに来ないでどうするの」
 そういうことを真面目に言うからうさんくさくて、こういう会場が似合わないから――てなことは、さすがにみすずものどの奥にしまっておく。
「あんたが電車のなかで倒れたって聞いたときはどうなるかと思ったけどね。コルセット策を勧めた本人として」
「あれはでも、あたしも悪かったから」
 胸の大きさを気にして、やや小さくてキツめのものを選んだのがいけなかった。そのままで走って、結局みすずは息苦しさのあまり倒れてしまったのだ。
 光生が電車を止めてくれたので大ケガにはいたらなかったが、関係各所にこっぴどく怒られた。
「ほーんと、あんたが決勝まで行ってくれて、正直ほっとした」
 結華がみすずの髪をわしゃわしゃと撫でる。
「ちょっ、やめてよぉ」
「照れるな照れるな。あんまり照れられると嫉妬であんたを殺せそうだから」
 物騒なことを、にまーっとした笑顔で結華は言う。
「島村の今日の大活躍見てるとさ、キミたちのこのあとの幸せっぷりが見えてくるっていうか……ほんとに、ほんとにこのうらやま野郎がっ! しばらく会えなかったぶんを今晩発散するってんでしょーが、そうは」
「ばか、大きな声出しすぎ!」
 みすずは結華の口を手で押さえる。今晩発散とか、オヤジ丸出しすぎなことをどうしてここで言っちゃうか。
「そりゃあ、いきなり頭丸めて『修行に行く』って言いだしたときは、びっくりしたし寂しかったよ。だからその修行が今日結びついたのはうれしいし……」
 電車事件後、光生は知り合いのお寺にしばらく泊り込むと言いだした。みすずにばかり努力や負担をかけて、自分がなにもしないのは申しわけないと言って。
 結華が言うには、仏教の修行には女人への関心興味を失せさせるマニュアルみたいなものが、二千数百年分の蓄積として有るらしい。みすずにはよくわからないけれど、たぶん、そういうものが目的だったんだろう。
 光生は今日の朝ギリギリに会場に現れ、そして完璧な泳ぎを見せた。出た種目すべてで優勝し、県の高校生記録を塗り替えた。
「でもべつに、そんな、まだちゃんとつきあってるとかじゃない、し」
「まんざらでもない顔してよく言うよな。というか大会終わったんだからもう障害ないっしょ、さっさと告ってこいっての」
 結華の眼光が、急に鋭くなる。
「そんなまだ、終わったばっかでいきなりとか」
「ぼやぼやしてっと青春という名の電車に乗り遅れっぞ。遅いもくそもないわ。堂々と交際宣言して、校内でみすずを視姦してくる男どもから守ってもらえばいいのに。全校男子のおっぱいから、ひとりのおっぱいになればいい」
 だから真顔でおっぱいとか視姦とか言わないでほしいのに。
「もしか大会前からつきあっとけば、島村だっておっぱいが気になるなんてことはなかったかもしれないのに。飽きるほど揉んでれば、逆に気にな――お、ちょうどいいところに」
 結華の視線が、みすずの肩越しに向かう。
 みすずは振り返って――息を呑んだ。
 光生だ。こっちに向かってくる。大活躍のおかげで人に囲まれているけど。なんというタイミング。
「ほれ、さっさと行けって」
「えっ、あ、う……」
 さっきみたいな会話がなければ普通に話しかけられたのに。結華が変なことを言ったせいで、みすずは緊張してしまってうまく踏み出せない。
「しょうがないなあ」
 あきれたやつだ、とこぼして――結華の手が、みすずのわきの下から出てきた。
「ひゃあぁっ!」
 みすずは思わず悲鳴をあげてしまった。
 だってこんな人がいっぱいいるところで、いきなり背後から胸をわしづかみにするなんて!
 即座に結華の手を振り払って、みすずは胸を腕でブロックしてその場に縮こまる。
 どよどよ、としたホールのざわめきが、みすずの心をさくっさくっとえぐってくる。
「……」
 みすずはおそるおそる、光生のほうを見る。
「……むう」
 うしろで結華がうなっている。
 光生はあの至近距離から悲鳴をあげたにも関わらず、まったくみすずのほうを見ていなかった。光生のまわりの人たちがひとり残らずみすずのほうを見たにも関わらず。
「なんという修行の成果」
 感心している結華、そしてみすずを通り過ぎて、光生は会場の外に出て行ってしまった。
「ゆ、結華――どうしよう、ねえどうしようよ!?」
「落ち着けみすず。あと泣きそうな顔になるな。乳揉み誘惑という大胆なやりかたに出たあたしのほうが悪かった」
 腕組みをして、結華は神妙な顔で出口を見据えている。
「しかし、女に対する興味が低下してるのは間違いないわ。こりゃ今度は、逆の修行が必要かも。もちろん講師はみすずだけど」
「あたしが?」
「いまこそ、その肉体を使わないとダメだろ?」
 結華はウインクしてみせる。悪かった、と言ったわりには反省してない気がする。
 にしても、まさか光生があそこまでになっていたなんて。
「……だからあたしたち、ずっといままで『幼なじみ』のままなのかなぁ」
 みすずはため息をついた。
(続かない)



「ゆら×イラ」3

 特急が、光生の目の前を通過していく。風があとから追いかけてきて、光生の髪を巻き上げる。
 駅のホームで、光生は電車を待っていた。
 一時間に三本、普通電車だけが停まる。片田舎のJRはこんなものだ。ホームを繋ぐ陸橋はボロボロのサビサビで雨漏りもするし。むしろ、かろうじて有人駅なのが、ちょっと誇らしいくらいだ。
 旅に出よう――漠然と、光生の頭のなかにはその言葉だけがあった。
 べつに荷物なんか用意してないし、お金だって五千円ぽっち、銀行のカードも持ってきてない。
 でもそんなことは問題じゃなかった。
 重要なのは、この街からしばらく離れること。
「俺は……」
 最低だ、と光生は口のなかで続ける。
 見つめられて、気持ち的に追い詰められたからって、やっぱりあんなこと言っちゃいけなかった。
 みすずが胸のことを気にしてるのは、普段の仕草でわかっていたのに。
 まわりの男どものエロな目つきから守ってやるのが、好きな水泳に集中できるようにしてあげるのが自分の役目だったのに。
 隠しきれなくて、気になって、結局喋ってしまった。自分もみすずを視姦している変態たちと同類だと。
 自分は、みすずを裏切ったんだ――光生の心は、真っ黒く沈み続ける。
 大会前に部活も辞めて。もうなにもかもを裏切ってしまって、なにも残っていない。
 だから――この街を、出る。
「まもなく、二番線に、電車が到着いたします。白線の内側へお下がりください。電車が到着いたします。白線の――」
 スピーカーから録音のアナウンスが響いて。間断なく、電車はホームに滑りこんで来る。
 ゴトガタと年季を感じさせる音を鳴らして、ふすまみたいなドアが開く。降りる人間は誰もいない。光生は一度だけ、街のほうを振り返って。車内に足を踏みだす。
 いつまでの旅になるのか、どこまでの旅になるのか――
「まっ、待ってっ、その電車待って!」
 そのとき、階段を転がるように駆け下りてきた――見慣れた高校の制服の――みすずが。
「みすず!?」
「み、光生」
 息をきらせてみすずは電車に飛びこみ、光生にもたれかかってきた。勢いに押されて、光生は尻もちをつく。
 ギロチンみたいな勢いでドアが閉まり、ゆっくりと動き出す。
「あ、あたし、切符持ってな、入場券しか」
「なん、なんでみすず、こんなところに」
 光生はわけがわからない。
「さがっ、してたの、ずっと、光生どこにも、いなくて……もしかしたら、駅、かなって」
「探してたって……俺はお前に、ずっとひどいことしてたんだぞ。なのに」
「でも、あたしが水泳好き、なの知ってて、あたしっ、をっ」
 急にみすずの息継ぎがぎこちなく、より荒くなった。ごろりと寝返りを打って、電車の床に仰向けになる。
「みすず?」
 恥も捨てて楽な姿勢になっても、みすずの様子は変わらない。顔を険しくゆがめて、はぁはぁとあえいで。ときどき歯を噛みしめて、うめくような堪えるような声まで出している。
 ただ走ってきただけで、ここまで苦しそうになることなんて、あるだろうか。
 光生は一瞬、迷った。でもみすずの顔を見たら、決心が鈍ることはなかった。
 ドアの横にある緊急停車ボタンを、光生は押した。

「冲方丁のライトノベルの書き方講座」(冲方丁/宝島社)

冲方丁のライトノベルの書き方講座 (宝島社文庫)

 ふらっと購入してさらっと読了。
 冲方さんが自作のプロットを公開して、その当時を回想しながら製作過程、そのときなにを考えていたかを語る構成。
 小説書き方本にありがちな、「ああせいこうせい、これダメあれダメ」的な作りになってないのは、案外いいかもしれない。創作手法に唯一絶対の正解はないという意味で。というか他人のプロットを見るのは楽しいやね。
 個人的には、63ページの、「誰からも期待されず、ただ黙々と書くというのは、やはり、小説を書きたい人にとって、最も大切なことなのかもしれません。」という言葉が胸に刺さりすぎてつらいです。いつだって、自分の実力に絶望するのは簡単すぎて。