「火目の巫女」(杉井光/メディアワークス)

火目の巫女 (電撃文庫)

 さて。幸か不幸か、オイラはネットをはじめてからこれまで、自分の周囲にいた何人かのプロ作家デビューを見送っている。
 最初は、キノでおなじみの時雨沢さん。
 それから、ウイザブレの三枝さん。
 そして、ここでも言及したことのある、西野さんと杉井さん。
 時雨沢さんや三枝さんの件についてはオイラの本当に古い身内しか知らないことなんですけど。数年前の電撃BBSでオイラは、ほんの少しだけ彼らと一緒だった。いや正確には、同じ掲示板を見て、同じ掲示板に書きこんだりしていた、というぐらいなのですけど。あとのふたりと比較すると、個人的な接点はなかった。電撃BBSにおいて、時雨沢さん個人に向けてキノ1巻の感想を書いたりしたことはあったけれども。それはまあ、作家のオフィシャルサイトの掲示板で感想を書いたりするのと似たようなものでしょう。個人的な接点とは言えない。
 ついでに言えば、杉井さんもあとがきに出てくる川上君も電撃BBSメンバーでした。時系列として一番古い、時雨沢さんのデビューのころにいたかどうかまでは憶えてないんだけど。なんにせよ、あのころの電撃BBSは極めてカオスで、楽しかった。文庫のオフィシャル掲示板なのにまったく関係ないオタ話ばかりしていて、そうした背徳感も手伝ったのか、かなり気分がよかった。オイラもまだ若くて恥も知らなかったから、書きたいことをただ書きまくっていたし。
 さすがに調子に乗りすぎたせいか、その後メディアワークスも運営介入に乗り出し、我々の楽園は海の底に沈んだんですけど。行き場を失ったオイラや杉井さん、川上君たちは、プロ作家志望という共通項があったので、それを頼りに投稿サイトなどを作り、なんとか繋がりを残しました。
 脱線しましたが、まあ言いたいことは、見送ってきた人々のなかで杉井さんが一番つきあいが深かったということです。例えるなら、同じクラスで同じ班にいた子という感じ。ちなみにその基準でいくと、西野さんはクラスは違うけど同じ学年で委員会も一緒、時雨沢さんは違う学年で学校だけ同じ――というところでしょう。
 そんなオイラなりに、「火目」を解体/解説してみようかと思います。
 ……すでに読み終わってからかなり時間がたってるので、なかなか苦しかったですが。その、読んだ直後に感じていたこととか忘れてたりorz
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 まずテーマは「頭上を仰ぎ見すぎず、人は自分のやれることをやりきるしかない、と気づく話」ですかね。少なくとも俺はそう見ました。
 杉井さんは負ける話が多いと言われていますが、それはあきらめのなかから自分の立ち位置を知ろうとする話が多いせいなのでしょう。そういう意味では、杉井さんはあまりライトノベル的であるとは言えないと思う。人間の無限の可能性を描いていくよりむしろ、人間ひとりがいかに小さい存在かを書き綴っていくスタイル。
 一般的にキャラクタの上昇力、ブレイクスルーが期待される展開でも、杉井さんはことごとくその予想(期待)を裏切ります。

  • 化生との出会い。豊日との出会い。伊月スカウトされる。火目になって化生を滅する、という動機ができる。
  • 常和の入苑。常和、鳴箭を出してみせる。ライバルの実力に焦燥。(鳴箭=実力度合を具体的に示すもの)
  • 佳乃も鳴箭を出す→焦燥加熱。練習やりまくり。見かねた豊日が苑の外に連れ出す。
  • 伊月、鳴箭を得る。
  • 化生とバトル。まったく役立たずな自分。対して活躍する常和。無力感増大。
  • 化生に火目式があるのを発見する。
  • 豊日の正体露見。常和が火目に選ばれる。無力感があったため、この結果にもわりとさっぱりしている。
  • 佳乃による火目システムの告発。常和の死の確定。常和に知らせに行くが、相手の覚悟の高さの前にまた無力感。
  • 豊日と、この国の秘密を知る。とんでもない大事象にもまた無力感。
  • 暴走した佳乃と対峙。自分はただ目の前に化生がいるから倒したいのだ、と考える。佳乃を助ける。
  • 火護衆に入る。化生と対峙していくための、現実的路線。

 構成。明確な目的が達せられる類の話ではないので、割るのが難しい……
 一応「焦燥→獲得(達成)→無力感→現実対応」だと見ましたが。どうでしょうね。
 というか割れば割るほど、カタルシスのない話だなぁと感じてしまう。この手の真相びっくりものの場合、明確な悪者がいてそいつが黒幕でした、というのがパターンなんですけど、そんなヤツはいないし。
 物語を通じての変化が「達成」ではなく「破滅・破綻」なのも、エンタメとしては歪でしょう。この話がかろうじてエンタメの臭いを残しているのは、常和や佳乃のキャラクター性、それと化生を倒してエンディングという形式のおかげではないかと。
 まあそういう話はあとでもっとやるとして。構成的な話をしておくと、かなり上手いと言えると思います。動機の設定は申し分ないし、伏線の張りかた、回収も問題なし。無力感をこれでもかと重ね叩きつけてくる後半の怒涛さもハマっている。

  • 伊月:打倒化生のみに生きる少女。熱血というよりは思いつめ型。
    • 自分の命すら投げ出してでも化生を倒したい→張りつめていた熱が取れ、良く言えば穏やかになる。ムチャ度が下がる。
  • 佳乃:悠然とした、どこか浮世離れしたところのあるお姉さん的存在。伊月に対して余裕だったのは、過去の苛烈な経験のおかげか、自身の計画を隠すためか。実際、計画実行以降は余裕がなくなる。世界の歪さに対して最もまっとうな怒りを持っていた存在として、今後重要。
  • 常和:イノセント幼女。化生に対して過剰な思い入れがないという点も含めて、伊月と対比的。なにより心優しい。火目において最もラノベ的な存在。

 キャラクタ。豊日には強い動機がないため、外してみました。
 でも、この話はあんまりキャラを見てもしかたがないような気はしますね。伊月の変化って、世界の正体と向き合ったことによるものですから。ラノベの多くは、キャラクタがキャラクタに触れて変化するものですから――そしてオイラが書いてきたのもほとんどそれだから――ね。
 まあまず伊月から話しておくと、この子、魂は男の子ですよね。こういうテーマでは、これまでおおかた男の子が主役になることが多かったんですけど。それをあえて少女でやるところにも、ラノベの臭いはある。
 んで、伊月の化生を潰したいという動機。これは、大切な人間を奪われたことに対する怒りとリベンジ精神であって、これって自分にしかベクトル向いてないんですよね。豊日が国を作ったのと似たようなもので。ようは自分自身がすっきりするために、化生を滅ぼしたいと思っている。ラスト、佳乃を説得するときに「大切な人間」という他者概念が入ってるじゃないかってツッコミが来るかもしれませんけど、これはまた後述。
 こういう自分本位な動機、かなり人間らしい行動だと思う。オイラは嫌いじゃないです。
 でも熱の取れる、という最終形からしても、やっぱり1巻完結型ですよねぇ。こうなってしまった伊月を駆使して、この先どんな話を書いてくるのだろう。杉井さんは。


 あと、常和の持ってた役割について。ただの萌え担当要員としかこの子を見ないのは技術的にもったいない。
 常和って、他者に向かってベクトルがあるんですよね。伊月と違って。養女になった理由も、家族を助けるためだったし。だから伊月を死なせないために火目になることを受け入れられたし、その強さを小さい彼女が持っていたことに違和感がない。だから、伊月はラストで佳乃を説得するとき、他者概念を持ててたんでしょう。常和の他者向きのべクトルを浴びたから。
 ……あ、もしかしたらこの他者向きのベクトルを伊月にもっと持たせるのかな。それで動機を作る? んー。
 もうひとつ常和に役割があったとしたら、作品の雰囲気作りでしょう。イスがひとつしかないという設定で、そこにライバルが乗りこんできたら、相手を蹴落とす蹴落とさないのドロドロムードになっててもおかしくないんですよ。それを徹底避けるために、常和を無垢にしたのではないかと。馬鹿一とも言える闖入のしかたはあれ、無垢さを登場シーンからいきなり印象づけさせるための演出ですね。




 あと雑感を少し。この話の世界について。
 オイラは実はこれを読んだあと、杉井さんに対して少し文句を言いました。「なぜこんなオチなのか」と。
 よく考えれば、杉井さんには珍しくない系統のオチだったんですけど。この話は、オイラのスイッチに触れてしまった。
 公益性だの多数の幸福のために、少数を犠牲にするというのが、オイラ大嫌いなんですよ。これはフィクションに限らず、現代社会でもそう。もちろん、みんなが嫌がる施設でも必要なものならば、どこかに作らなきゃいけないことはわかるんだけど。公益性を錦の御旗に掲げて、代執行という名の武力介入をするに至っては、平穏な心で見ていられない。そんなに公益って私益より偉いものなのかと。地域エゴ、という批判をよくされますが、公益もまた行政のエゴじゃないのかと。
 まあそんな矛盾を抱えて、社会ってのは成立しているんですけど。矛盾というのは、できれば正したいと思うのが世の常。だからフィクションでは、これまで数々の理想社会が描かれてきた。
 火目の世界システムは、明確に欠陥システムであるとオイラは思っている。だから、フィクションだからこそ、フィクションにしかできないことだからこそ、その歪みを救ってほしかったのですね。
 しかし杉井さんは前述したとおり、個人の小ささを書いていく人ですから。世界は巨大で直しようがない、というリアルに近い設定のほうが好ましかった。だからまあ、こんな設定になったのでしょう。


 こういう非ラノベ的な枠組みの話が、よくライトノベルレーベルから出たものだと思います。でも電撃はハードカバー路線やってみたり、イラストなしをやってみたり、わりと一般方面への手探りをやっているところがありますからね。そういう意味ではこの受賞、杉井さんが成長したというより、電撃が杉井さんに追いついたと言えるかもしれない(笑)



*1:上記の文章は、5日の23時に一部書き直しています。というか三枝さんの件を忘れていたので、それを書き足しました(汗) 指摘してくれたかた、どうもありがとうございます。そして三枝さんすいません(謝)