「現代学園異能」ってのは確かに長くて言いづらいよなと思う今日このごろ。
 っていうかそれについていろいろ走り書きしてみた。できれば読み流してほしいっす。


 オイラは、学校ってのはこの場合ただの読者引き込み装置にすぎないと思う。誰もが知る「日常」を利用しない手はないでしょ。
 異能バトルってのはようするに、作者だけが考えた概念(システム)を開陳するってことだから、当然、わかるように説明しなきゃならない。
 わかるように説明するためには一度、説明不要の世界に読者を案内しておかなければならんと思うのですよ。バトルに巻きこまれる作中のキャラと読者をリンクさせるというか。そのキャラはこれまで学校でありふれた「日常」をすごしてきたわけだから。そこらへんを押していけば、ありふれた日常を実際に学校ですごしている読者たちが同調するのにたやすくなる。
 あと学校って、まったく共通項を持たない個々人が同居している団体、という点も大きいと思う。バトルの舞台にするにあたってね。社会から隔離されたカオスだし。世界を区切ることで、バトルの影響を外界に出さない=書き手側が現実との整合性を気にせず、思い切って書けるという利点があったりする。もちろん、世界(舞台)を区切ってくれたほうが多くの読者もまた読みやすいんだけど。


 まあ雑感として最後に言っておくと、ジャンル名がつくってことは「よくあるパターン」って宣告されちゃったってことでもあるんだろうね。それが「現代学園異能」自身にとって幸か不幸かはわかりませんが。