この馬が、日本競馬の短距離路線――もといマイル路線がようやく整備されたときに現れてくれなかったら、日本における短距離路線の盛り上がりは数年の遅れを取っていたかもしれない。ホクトベガやポレールなど、八大競争以外の競馬の面白さを広めることに貢献してくれた馬はほかにもいるけれど、短距離路線に関してはやはり彼の功績を認めないわけにはいかないだろう。
余談だが、いままでずっと「ニホンピロウィナー」だと思っていた。「イ」の字は大きいのが正しかったのである。死んだときにしか誤解を解けなかったのは悔やまれる。
合掌。