クロッシングマインド 第1章

        1


 夕方の駅前は、家路を急ぐ人であふれていた。
 ロータリーのバス停は列を伸ばし、その合間を、スーパーの袋を提げたおばさんや、女子高生の団体が通り抜けていく。
 バス停のベンチに、高校生のカップルが座っていた。お互い手を握りあって、楽しそうに笑いあっている。たぶん、次のバスが来ても乗らないだろう。固く握りあった手は、簡単にほどけそうにない。
 そんなカップルの手をまじまじと見ていたことに気づいて、亮介は慌てて顔をそらした。視線が、足もとへ向かう。自分の影がやけに濃くて、それが前に向かって細く長く伸びていた。
 亮介は大きく、息を吐く。稲城のにやけ顔が、頭のなかに沸いてくる。
 今日の昼休みのことだった。中一以来、腐れ縁が続いていた稲城から、なんと彼女ができたと言われたのだ。
 正直、ショックだった。
 自分と稲城の男レベルは、たいして変わらないと思っていたのに。むしろ自分のほうがちょっとリードしてるぐらいに思ってたのに。稲城なんて、自分より四センチも背が低いのに。なんで、という言葉が亮介の頭のなかを巡る。
 そんなことを考えていると、頭のなかにひとりの姿が浮かんできた。うなじをかすめる程度に揃えられた髪。明るくて頭がよくて、昔から彼女の笑顔を見るとドキドキしてしまう。
 彼女のことを考えるのは、気が重い。
 亮介は頭を振ると、足に力をこめて歩きだした。


 県道は、ラッシュの時間を迎えていた。亮介のすぐ脇を、車やバイクが途切れることなく走り去っていく。前から来た自転車が、亮介をうまく避けていった。
 燃えるような色の太陽が、ときどき建物の隙間から顔を出す。細いところからギラっとした光を差しこんでくる。亮介はただなんとなく、その赤い光に見とれながら歩いていた。
 そのとき、対岸の歩道に、見覚えのある影を見た。
 亮介は慌てて目をそらした。ちょうど建物の影を歩いていたから、暗さで見間違えたのかもしれない。そう思いつつ、今度はそろそろと顔を対岸に向ける。
 見間違いではなかった。
 有希が、いた。うしろ姿だが間違えようがない。さっき頭のなかに浮かんでいたその本人だ。明るい青のブレザー、胸元には大きな紺のリボン。青基調のチェックのスカート。ここらでは名門で有名な、そして自分とはとうてい釣りあわない、女子校の制服だ。学校の持ってる格のせいだろうか、制服からオーラが出ているような気がする。
 ペースをなんとかすれば、偶然を装って会えるかもしれない。そう考えて、亮介は有希との差を縮めようと急ぐ。
 しかし歩きだしてすぐ、亮介は気づいてしまった。
 有希の隣に、東高の男が歩いているのを。
 亮介は首を前に戻すと、勢いそのままで目の前のコンビニに駆けこんだ。
 わけもわからず、ただカウンターから遠ざかるほうへ行く。カバンがなにかに当たったみたいだけどどうでもいい。
 店の奥まで来て、ようやく足が止まった。心臓の動きがぜんぜん収まらない。胃の上のほうが痛い。全身に変な汗が噴き出てくる。息がなぜか上がっている。店のなかに流れるラジオの声も、どこか遠い。壁が壊れる事件がどうとか言ってる気がする。
 自分は鈍いほうだと思う。でも、あれを見て意味がわからないほどじゃない。
 しかも相手は、県立の進学校である東高の生徒だ。他の学校ならまだしも、これじゃあ到底かなわない。有希とつきあっても、充分釣りあいが取れている。
 いつかこうなることぐらい、覚悟していたはずなのに。
 自分に勇気がなくて、言えなかったんだから、こうなることぐらい、わかっていたはずなのに。
 体は全然、覚悟ができてなかったらしい。
「なんだよ俺。もう終わったことにこんな」
「なにが終わったの?」
「ん、ああ。あ、ええっ」
 驚きで、頭がこんがらがってしまった。
 いつのまにか、自分のうしろに有希が立っていた。
「べ、べつにひとりごとだから。うん。気にしないで」
 言いながら、亮介は一瞬でまわりを見回す。さっき一緒にいた男は見当たらない。店の外で待っているのだろうか。
「あ、あのっ、あの、さ」
「ん?」
 有希の、一点の曇りもない目が、亮介の顔に向けられた。体じゅうの血の温度が、すごい角度で上昇していく。
「い、い、いや、やっぱりいいよ。うん」
 両手をぶんぶん振ってごまかして、亮介は早足で出口へ向かった。こんなこと、本人に訊けるわけがない。いっそ自分で確認してしまったほうがマシだ。
 コンビニを出ると、亮介はせわしなく首をあちこちに巡らせた。
 どこにも、東高の男はいなかった。どうやら、有希がコンビニに入る前に別れたらしい。亮介の肩から、どっ、と力が抜ける。
 いろんな意味で、有希とつきあってる(かもしれない)相手の顔は見たくなかった。初めて見たのが暗がりのなかだったのは、かなりラッキーだったと思う。
 と、有希が隣に追いついてきた。
「ねえ。なにか買うものがあったんじゃないの?」
「え」
 言われて、ようやく亮介は自分の行動のおかしさに気づいた。普通、店に入るのは、なにか用事があるからだ。
「え、ああ、なんか新しいジュースでも出てれば買おうかなぁ、って。ほら、俺、新しいのはすぐ飲みたくなっちゃうタイプだから。でも特になかったから」
「ふぅん」
 亮介は有希に気づかれないように、息を漏らした。どうやらいまのでごまかせたらしい。
「それにしては、なんか、あせってるみたいだったけど。挙動不審だったし。まあ、いいけどさ」
 ……ぜんぜんごまかせてなかった。
 変な声を出しそうになるが、そこはなんとか堪える。
 有希がこっちを見ながら、うながすように歩きだした。亮介も合わせて足を出す。
 家は隣同士だから、当然、このまま最後まで行くことになる。
 亮介はまともに有希のほうを向けなかった。なにか話しかけなきゃいけないのはわかっている。でも頭は真っ白けで、なんの気の利いた言葉も浮かばない。
「なんか、こうやってふたりで帰るのもひさしぶりだね」
 と、有希のほうから話しかけてきた。
「お、おう。そうだな」
 答えつつ、亮介の胸がちくりと痛んだ。こんなふうに踏みだせないから、自分はずっと片思いのままなのだ。
「いつもこの時間に帰ってるの?」
「ん、ああ」
「わたしもだいたいこの時間なんだけど。そのわりに会わないね。その……清水くんと」
「そ、そうだな」
 おまけに、たいした返事もできない。
 早く、さっきの男のことを訊かなきゃいけないのに。
「もう勉強とか、やってる?」
「いいや。まだ二年だし、それにウチの学校、そういうことうるさく言わないから。そっちはもうやってるのか? すごいな。昔から、俺と違って頭よかったしな」
 どこで知り合ったのか。知り合って何ヶ月ぐらい経っているのか。
 月に何回ぐらいのペースで会っているのか。そのさい、会う場所は決まっているのか。
 ――というか、詰まるところふたりはひとことで言って、どういう関係になるのか。
「そ、そんなこと、ないよ。わたしだってたいしたことは、まだやってない、し。勉強だって、う、上には上がいるんだから」
 頭のなかは、訊きたいことで膨れ上がっている。
 でもいざ、それを訊こうとすると、口が鉛のように重たくなってしまう。ただ、時間だけが過ぎていく。家までの距離が縮まってくる。だんだん、手のなかのぬめりがひどくなっていく。
 ふたつのものが、亮介のなかでせめぎ合っている。見たものを信じたくない気持ちと、見てしまったという事実。訊かなきゃ前に進めないが、進んだ先には落とし穴があるかもしれない。
 穴に落ちるのは、怖い。
 痛い思いをするかもしれないとわかっていて、どうして足を前へ出せるだろう。自分はそこまで向こう見ずにはなれない。
 結局、せめぎ合いに決着はつかないまま、家に着いてしまった。清水と早瀬――それぞれの表札が掛かった門に、互いに別れる。
「じゃあ、ね」
「うん。また」
 自分の家の門に手をかけながら、亮介はまた、小さく息を漏らした。
 ゴガッ。
 そのとき、コンクリートブロックを転がしたような音がした。亮介は音のしたほうを見やる。
 路地の奥はT字路になっているが、その正面の壁の前に土ぼこりがもうもうと立ちこめていた。音からして、壁にバイクあたりがぶつかったんだろう。でもそのわりには、ブレーキの音を聞かなかったし――
 だんだんほこりが晴れてきて、あたりの様子が見えてきた。壁は谷型に砕けていて、瓦や壁の残骸があたりに散らばっている。
 その残骸にまみれて、なにかが横たわっていた。
 人のかたちをしているけど、やたらに大きい。二メートルは下らないはずだ。こんなところに、どうして人形があるんだろう。人形の全身は鮮やかな赤で統一されていて、どこか正義のヒーローを思い起こさせる。
 と、そのとき、人形が上半身を起こした。いや、あの動きは人形のものじゃない。人間だ。でも、こんなでかい人間がいるのか? それに人間だとしたらなんでこんな格好を?
 よく見ると、赤い人の体はあちこちから出血している。ちゃんとした人間の血の色だ。でも傷口は滲んでいない。生地越しの出血じゃないのか。となると、体はペイントしているのか。それにしたって異常な格好だ。特撮の撮影でもやっているのだろうか。
 と、赤い人が大声で屋根のほうへ叫んだ。何語だかまったくわからない。外国人なのか。外国人の俳優が特撮をやるなんて、あまり聞かないけど。でもそれならこの身長に納得がいく。
 一瞬の間があって、壁の壊れた家の屋根にふたり、出てきた。やっぱりわからない言葉を叫んでいる。ふたりとも、赤い人と色違いの格好だ。片方は薄く青みがかった白で、白銀色という感じ。もう片方は明るめのグリーン。ふたりの背丈はここから見てもかなり大きいとわかる。たぶん、二メートルを超えているだろう。
 しかしそれより、白銀の体がボロボロに傷ついていることが気になった。左手はヒジから先がなく、腹やもものあたりでは肉が削ぎ落ちているところもある。
 ケガのひどさからして、これは特撮じゃない。
 ……じゃあ、これは、なんだ?
 白銀のそいつは下の赤に向かってなにか言いながら、屋根の縁から飛び下りようとした。が、そのうしろから、なにかを手に構えたグリーンが白銀に襲いかかる。持っているのは光る棒みたいなものだ。バットぐらいの長さがある。
 振り下ろされた棒は、間一髪、白銀の頭をかすめていった。
 下りた白銀は赤に駆け寄ると、上半身を引っぱった。赤は顔を歪めながら、しかし勢いは良く立ち上がる。そしてそのまま、亮介たちのほうに向かって駆けだしてきた。ふたりの表情には鬼気迫るものがある。
 見たこともない気迫に驚いて、亮介は有希のほうを見た。有希も目を見開いて首を振るだけだ。
 と、その間に、また大きな音が聞こえてきた。首を戻してみれば、亮介のすぐ近くにグリーンの背中があった。
「うおっ」
 びっくりして跳び退くが、相手はなにも反応しない。よく見れば、そいつの足もとの地面がひび割れている。音の正体はこいつか。それにしても、どうやって屋根からここまで跳んだんだろう。人間技じゃない。
 赤たちは慌ててターンしたが、さらにもうひとりのグリーンが屋根から跳んできて、行く手を塞いだ。
 挟まれた、と亮介は理解した。
 グリーンのふたりは光る棒を手に、じりじりと間合いを詰めていく。その顔にはうっすら笑みが浮かんでいる。赤も、どこから出したのか光る棒を持ちながら、背中に白銀をかばう。白銀の体が細かく震えている。その目が潤んでいる。
 どういうことかわからないけれど、亮介には、グリーンたちが善人には見えなかった。人を追い詰めておいてああも笑える人間が、いいやつなわけがない。
 やがて、グリーンたちの動きも止まった。そして止まるやいなや、瞬時に行動に移った。奥のやつは腰を屈め体勢を低くし、手前のやつは棒をさらに上段に構える。
 そして同時に、真ん中の赤たちへ向けて棒をしならせた。頭と足もとを狙ったコンビネーション。亮介の心臓がはねる。かわせそうにもない。
 しかし赤は冷静に目を素早く動かし、両側の相手の位置を確認している。いつのまにか、棒はまたなくなっている。
 次の瞬間、赤は白銀を片手で腰に抱えると、左手以外を縮こませて飛び上がった。足もとを狙った攻撃が、赤たちのすぐ下を抜けていく。
 一方、伸ばされていた左手は、上から攻撃してきた手前のやつの手首をつかんでいた。そのまま、顔をしかめながら、気合の声とともに腕の力だけで投げ飛ばす。投げられた先には、屈んだままのグリーン。
 勝った――と亮介は思った。
 しかし投げられたそいつは受身を取りにいかず、腰をわずかに捻って右腕をうしろに下げるという変な格好を取った。こいつもいつのまにか、棒を持っていない。
 着地しようとしていた赤が、それを見てなにかに気づいた。頭と足を逆さまに抱えていた白銀の体を、さらに強く、覆いかぶさるように抱きしめようとする。
 が、グリーンの右腕が振るわれるほうが早かった。
 光る球が、赤の背中を直撃した。むせたような息を赤は吐き出す。投げ終わったグリーンは下のやつと交錯している。
 さらに、赤の顔が苦痛に歪んだ。歪めながら、赤の視線が足もとに向けられる。彼のヒザに、さっき攻撃をかわされた下のやつの第二撃が当たっていた。
 グリーンたちは、起きるのにてこずっている。
 着地して、赤は白銀を地面に下ろした。白銀は心配そうに彼のことを見上げている。しかしその視線を彼は手で制して、手のひらから光る棒を出現させた。長さは相手方のグリーンたちと同じだが、こっちのほうが明るい。でもまるで、手のひらから棒が〝生えた〟みたいだった。映画とかならあんなふうに生えてくるのを見たことがあるけど、でも、いまのは……
 亮介が悩んでいるうちに、彼は気合の声とともに、倒れているやつらの首すじに棒を打ち据えた。グリーンたちはぐったりとなって、動かなくなる。
 どうやら、揉めごとは終わったらしい。
 赤ががくりと膝をついた。白銀が慌てて駆け寄っていく。そんな白銀も、体のそこかしこから血をだらだらと流している。
 やられたほうのふたりと比べると、このふたりのほうが見た目のケガがひどい。こっちのほうから手当てしないとまずいんじゃないだろうか。まあ、さっきの笑みを見たせいでもあるんだけど。
 でも、このふたり、なんだかヤバそうな雰囲気を漂わせている。かかわると大変な目にあいそうな予感というか。それが亮介の足を鈍らせる。
 そんな迷いを亮介が巡らせているうちに、有希がためらいもなく彼らに近づいていった。
 一瞬、顔をしかめてから、亮介も有希に続く。やっぱり有希も、どっちを優先させるかは同じ考えだったらしい。
「あの、大丈夫ですか」
 ふたりがこっちに気づいた。瞳の色は、どちらも薄いブルーだ。ただちょっと、白目に対して瞳の割合が多い気がする。こっちを見たあと、すぐに顔をそむけられた。
 それから小声で、なにやら話し合っている。亮介は、なんとなく自分たちのことが話されている、と感じた。
 と、突然、赤がこちらへ振り返った。目を大きく見開いている。そして隣の白銀に、激しい口調で話し始める。
 白銀も激しい口調で言い返した。手を広げて立ちふさがってみたりして、どうもなにかを止めたがっているように見える。こっちのことなんて目もくれていない。わけのわからない言葉を、身振り手振りを加えながらわめき合っている。
 やがて赤は抗議を強引に振り払うと、腰のうしろからリモコンのようなものを取り出してきた。
 それを、亮介たちに向ける。
 黒くて四角いそれは、先っぽに楕円の穴が開いていた。なんだか、銃口のように見える。それが、こっちに向けられている。
 怖くなってきて、亮介はまた有希の顔色を見ようとした。
 その瞬間。
 いきなり、白い光に包まれた。
 まぶたは反応しきれず、完全に世界が白くなった。目の奥にまで、光が焼きつく。カメラのフラッシュを、何倍も強くした光だ。似た系統のものだけど、明るさも長さも比べものにならない。目の前だけじゃなくて、自分のまわりすべてが白くなった錯覚に陥る。
 やがて、光は収まった。亮介はうつむき、目をパチパチさせる。なかなか残像が消えない。まぶたの上から目を押さえたりして、元に戻そうとする。
 と、さっきのふたりがうつぶせで倒れているのに、亮介は気づいた。
 亮介は有希と顔を見合わせる。有希は首を左右に振った。
「あのぅ」
 有希がふたりの体を揺すってみる。なんの反応もない。白目を剥いてしまっている。
「気絶、したの、か?」
「……わかんない」
 しゃべりながら、亮介はおそるおそる足もとの赤に触る。やっぱりタイツじゃない。でも皮膚でもない。もっと硬い感触がする。なんて言うか、金属と皮膚の感触を混ぜ合わせた感じの。
 念のため、奥のグリーンの体も触って揺すったりしてみたが、やはりなんの反応もなかった。肌質もまったく同じ。
「い、一応さ、警察か救急車か、呼んだほうが……四人もいるし」
 ともかく、まずケガ人はどうにかしなきゃいけない。
「そう、だね。じゃ、わたしからかけとくよ」
 有希はうなずいて、そのまま家のなかに入っていった。
 それを見て、亮介も鍵を取り出す。この時間は家に誰もいない。
 ドアを開けると、大きいだけが取り得の観葉植物が出迎えてくれた。いつも邪魔っくさいと思うが、今日は気にならない。さっきの出来事が強烈すぎたからだろうか。
 乱雑に靴を脱いで、家に上がる。
『シュリア様』
 突然、叫び声が聞こえた。すごく大きな声だ。近くで誰か叫んだ人でもいるのか。
『どこにおられるのですかっ』
 また聞こえた。声はこの空間に反響している。まるで、自分が叫んでいるような、反響の仕方だ。
 まさか、な。
 疑いつつも、亮介は自分の喉に手を当ててみた。じっと、次の声を待つ。
 するとそのとき、玄関のドアが激しい音を立てて開かれた。
『ガーティス、ちょっとこれどういうこと』
「ねえ、なんか変な声が」
 入ってきたのは有希だった。でもいま、違う声が混ざっていたような。
『シュリア様、どちらにいらしたのですかっ』
 さらに、さっき玄関に響いていた声が出てきた。信じられないが、やっぱりこの声は自分の喉から出ている。
『そんなことより、どうしてわたしまで移したりしたのっ。あの体はまだ使えたじゃない』
『しかし、とても万全と言える状態ではなかったじゃないですか。私はシュリア様に、常に万全の状態でいていただきたくて』
『でも体だって、捨てられるためにあるわけじゃないのよ。あなた、捨てられる側の気持ち、考えたことある?』
『体に気持ちなんてありませんよ。消耗品なんですから』
『そういう考えだから――』
「ねえ、なんなのこれ?」
「わかんない。こっちが訊きたいよ」
 意味不明なことを叫び続ける連中に負けないように、亮介は声を張り上げる。
『それに、違う意識のある体に入るなんて、いくら非常時だとしてもムチャクチャだわ。そこまでしなくたっていいじゃない』
『ですから、それはさっきもお話ししたじゃないですか。現地人に見られたことの処理と、体調の回復。これを同時にできる最良の方法を、あえて逃すことはないと。私はシュリア様をウィレールに戻すためならなんだってしますよ』
『でも』
「うるさい、静かにしろっ」
 亮介が壁を叩いて怒鳴りつけると、謎の声はぴたっと止まった。場が急に静まりかえる。
「えーと。その、なんだ」
「とにかく、まず説明してほしいの。これはいったいどういうことなのか。わたしの言ってること、理解できるよね?」
 亮介がもたついている間に、有希が用件を告げた。
『突然こんなことになって、正直、驚いているだろう。だが私たちには時間がないんだ。だから、ここで説明している余裕もない』
 亮介側の謎の声が、深刻そうにそう言う。
「時間がないって、どうして」
『追われているんだ。さっき見ただろう? 私が緑色のやつらと戦っていたのを』
「ってことは、あんたたち、さっきの赤い人たちなのか」
 亮介は状況を整理するために、小声でつぶやいた。
「でも待てよ。あんたたちはさっき倒れただろ。それなのになんで、いま俺たちの口でしゃべってるんだ? そもそもあんたたち、なんなんだよ」
『白い光を浴びただろう。あれは、私たちの精神を転移させるときに展開されるフィールドなんだ。つまり私たちは、あの体から、今はこのあなたたちの体に移ったんだ。わかってもらえただろうか。……私たちの存在は、そうだな、ここの言葉で言うと〝宇宙人〟ということになる』
 ただの人間でないことぐらいはわかっていたが、さすがに実際そう言われると絶句してしまった。しかし状況証拠が充分揃っているので、〝宇宙人〟ということを亮介は否定できない。
『それより、ふたりには早くここから移動してほしい。私たちがここにいることは、すぐ向こうに知れるだろうから』
「え」
 質問しようと構えていた有希が、その言葉で固まってしまった。
「そんなの、あんたたちが勝手に出てって動けばいいだろ。俺たちには関係ない」
 自分たちまで移動しなきゃならない理屈が、さっぱりわからない。
 すると、いままで黙っていた有希のほうの変な声が、口を開いた。
『あなたたちが動いてくれなきゃ、いまの私たちは動けないの。……さっき使った装置がないと、わたしたち、出られないから。そして装置は、一回使ったらもう使えなくなってしまうの』
『こんなことに巻きこんでしまったことは謝る。だが今は、一刻も早く移動してほしい』
 場がまた、静かになる。
 話の半分も、亮介には飲みこみきれていない。体に入っているとかまではわかるが、それ以上はさっぱりだ。
 だけど、この宇宙人たちがすごく必死なのは伝わってくる。早口だし、言葉のひとつひとつに力がこもっている。
 でもそれだけで、簡単に返事をしてしまっていいのか。有希も迷っているのか、こっちの顔色を見てくる。
「わかった。いいよ」
 やがて、有希が控えめな声でそう答えた。
 驚いて、亮介は有希の顔を見る。逆に、有希は目で同意を求めてきた。あの、一点の曇りもない目が、亮介の顔を見つめてくる。
 亮介は、首を縦に振ることしかできなかった。
 こういうとき、自分は弱い。はっきりした意思のある人にただ従ってしまう。ましてやあの有希の目だ。到底逆らえない。
「そうと決まったら、こっちにも準備したいことがあるんだけど。時間、まだあるかな」
『まだ少しはいけると思うが、なにか、要るものがあるのか? 私はこの星のことはなにもわからないのだが』
「まあいろいろとね。とにかく急いで用意するから、そっちもなにか使えそうなものがあったら持ってきて。野宿とかしそうだし」
「って、ちょっと待ってってば」
 質問を許す間もくれず、有希は玄関から飛びだしていった。
『待て、どこに行くんだ。おいっ』
 亮介のなかの声が、勢いこんで怒鳴る。
「すぐ隣だよ。準備があるって言っただろ」
『しかし』
「なにかったらすぐわかるから。それより、何日も移動することになるのか?」
『おそらくは。勝手に入っておいて、本当にすまないんだが……』
「だからもういいって。そんなに謝られたってどうにもならないし」
 愚痴りつつ、亮介は二階の自分の部屋に向かった。


 部屋に入ると、正面に窓がある。有希の部屋と正対している窓だ。
 この部屋と有希の部屋は、十メートルほど離れている。隣同士なのにそれだけ離れているのは、二階部分の建ち位置が原因だ。
 向こうの窓にかかるレースのカーテンごしに、有希の動いている姿が見える。距離のせいで表情まではわからないが、荷造りをしているのはわかる。あっちへ動いたりこっちへいったり、どことなく動きが機敏に見える。こっちがあまり乗り気じゃないから、そう見えるんだろうけど。
 亮介は通学カバンを放り投げると、タンスの四段目の棚を開けた。とりあえず、下着を三枚ほど取る。それから押入れを開ける。
 奥から、リュックサックを引っぱり出した。旅行用というより、行楽用のものだ。たぶんこれで構わないだろう。それ以上長くなるなんて、考えたくもないし。
「しかし、あんたらの敵ってのは、いったい何人ぐらいいるんだ? いや、そもそもなんで追われてるんだよ」
 リュックにものを入れながら、亮介は尋ねる。
『それは』
 そのとき、窓の外でなにかが動いた。
 亮介は窓に近づき、ガラスに顔をくっつける。
「あ、あれ」
 有希の部屋の窓の近くに、体が明るめのグリーンをしたやつがいた。どこにも傷ひとつないから、新手か。無駄のない動きで窓の下に近づいていく。
 窓の下に着いて、そいつはうかがうように、一瞬、周囲に目を配った。
 そして次の瞬間、窓へ拳を叩きこんだ。
「きゃあぁぁあっ」
 有希の悲鳴が、この部屋にまで響いた。
 そいつは構わず窓ガラスを一面全部叩き割った。そこから体を滑りこませていく。
 ためらう間もなく、亮介は助けに行こうとターンする。が、一歩踏みだしたところでその場にへたりこんでしまった。
 下半身に、まったく力が入らないのだ。足はがくがく小刻みに震えて、体を支えることもできない。
 早くしないと、有希が危ないのに。なんでこんなときにっ。
 足が駄目なら腕とばかりに、亮介は這って部屋を出ようとする。
 そのとき、中の男が変なことを言った。
『時間が惜しいから事後承諾になるが、体、借りるぞ』
「え、なに?」
 訊き返したそばから、亮介の体が浮き上がった。
 いや、でも足はちゃんと地面についてる。じゃあこれは――
 答えが出る前に、頭がぐぅっとうしろに引っぱられた。目の前が暗くなってくる。気持ち悪さはないけど、このままだと絶対ぶっ倒れる。わき腹に、生あたたかい水が浸かっている感覚がする。粘り気のある水で、それが下から上へ流れている。目が勝手に閉じようとしているのか、見えてる範囲までもがだんだん狭まってくる。
 しかし完全に見えなくなる前に、それは止まった。かろうじて残っていた光が闇を押し返し、目が元どおりになる。水が引いていき、浮遊感も収まっていく。
 ほっとした亮介は、息をつこうとした。
 が、つけない。息を吐こうとしても出せないのだ。息だけじゃなく、なぜか体全体が動かせなくなっている。自分の命令を受けつけない。
 それどころか、体が勝手に動き始めている。
「あ、えっ」
 驚いているうちに、持っていたリュックが肩にかけられた。それから鍵をはずして窓を開ける。手に触れた感覚もまったくない。まともなのは目と耳だけらしく、その目も、見たいところには動かせない。例えるなら、窓のない車に入れられて、外についたカメラの映像を見ながら走っている感じ。
 そんな亮介の考えとはまったく関係なく、体は窓枠に足をかけた。足を支点にして、ぐいと上半身を外へ突き出す。
 そのまま窓枠を蹴って、宙に飛びだした。
「ええええっ」
 亮介の叫びは言葉にならない。
 飛びだして、まず左足が軒の端を踏みつけた。そこをさらに強く蹴りつけ、再び宙へ。
 コンマ数秒、体が完全に空中を飛ぶ。
 そして右足から、有希の家の軒に着地する。ここまで、たったの二歩。人間技じゃない。
 体は流れるような動きで窓に近づくと、有希の部屋に頭から突っこんでいった。
 部屋のなかは、砕けたガラスが散乱していた。カーペットの毛に引っかかって、そそり立っている破片もある。
 その奥で、有希が長定規を片手で振り回して奮闘していた。もう一方の手にはパンパンに張ったザック。気が動転してるのか、置いたほうが動きやすいことに気づいてない。
『制御を取ってください。いけますから』
 亮介の中の男が叫ぶ。そして自分の足が、靴下姿なのに、ガラスの上に躊躇なく降り立った。痛みは感じないけど、自分の体が傷つくのを見るのは、さすがにいい気がしない。
『え、でも……』
 有希を追い詰めていたやつが、こっちに気づいた。体勢をくるりと一八〇度反転させ、亮介と正対する。さっきのやつらが持っていた棒はない。素手だ。身長差が三十センチ以上あるから、かなりこっちが見上げる形になる。
『早くっ』
 相手は、腕を伸ばして襲いかかってきた。
 亮介の体は上体を捻ってそれをかわすと、その腕をつかんだ。同時に足を払って引き倒す。
 崩れかけたところへ、さらに回し蹴りの一撃を後頭部へ見舞った。
「え、なにこれっ。あ、うわ、体が、体が」
『突っ立ってないで。行きますよっ』
 叫びながら、廊下へ出ようとする。
 そのとき、ドアの上の壁が、轟音とともに粉々に吹っ飛んだ。降りかかってくる屑を、亮介の手が払う。
 払いながら振り返ると、新しいグリーンがひとり、窓から入ってこようとしていた。こいつが球を投げて壁を壊したんだろう。また、新しい球を手のなかに作り始めている。
『このおっ』
 亮介は素早く引き戻ると、そいつに押し出すような蹴りをかました。
 前蹴りを食らったそいつは見事にバランスを崩し、逆さになって、頭から落ちていった。
 それを最後まで確認することはせず、亮介たちは向かいの部屋に駆けこむ。
 部屋は、物置に使われているみたいだった。いろんな箱やボックスが積まれていて、床にはうっすらほこりが積もっている。
 迷いなく自分の体は窓まで走ると、さっきと同じように窓を開け、足をかけた。
「って、ここ二階ぃぃぃいっ」
 有希の叫びも、言葉にならない。そのまま地面に余裕で着地した。間髪入れず塀を飛び越え、路地をまっすぐ走りだす。
「ちょ、ちょっと、これどうなってるの?」
「よくわかんないけど、たぶん、体乗っ取られてる。制御とかさっき言ってたし」
 有希の疑問に、亮介はわかっている範囲で答えた。
『あんまり喋るな。やつらの接近を聞き逃してしまう』
「う」
 中の男の迫力に、亮介は気圧され黙りこむ。
 それにしても、なんて速さで走ってるんだろう。靴も履いてないのに、流れていく景色のスピードが普段と全然違う。すれ違う人たちが、こっちを見て目を丸くしている。
「どっ、どうしてこんな、速く走れんだよ」
『だから喋るな――って危ない!』
 突然、亮介の手が、有希を突き飛ばした。亮介のすぐうしろを、勢いのあるなにかがかすめていく。さらに空気の弾ける音がした。
『くっ』
 亮介の首がうしろを振り返る。
 屋根の上に、グリーンがふたりいた。どちらも手に光る球を持っている。また新手か。さっきのやつらだとしたら、立ち直ってくるのが早すぎる。
 そいつらは、タイミングを合わせて、同時に球を投げつけてきた。
 亮介の体が、有希を抱えて左に跳ぶ。こんなときとはいえ、普段触りたくても触れない有希を自分の手が抱いているのは、なんだか変な感じだ。
 球はすぐそばの地面に当たって、裂音とともに火花を散らした。すぐに立ち上がって、また走りだす。
 しかしすぐにまた、自分の手が有希を右へ引っぱった。球は有希の腰のすぐ近くを通って、民家の壁を破壊する。飛んできたコンクリート片を、亮介の手が叩き落した。なんか、見るからに手が痛そうだ。こいつは痛みを感じてないのか。
 さらに上半身が斜めに捻られる。顔のそばを、球が音を立てて通り過ぎていった。球の輪郭がチリチリしていたのが見えた気がする。そう言えば、この球の正体っていったいなんだろう。チリチリしたり、ぶつかるとすごい音がしたり。想像もつかない。
 間断なく飛んでくる球は、どれも体すれすれのところを通っていく。
「あの、さ、もうちょっと余裕持ってかわすとか、できないのか?」
 おそるおそるの抗議は、あっさりと無視された。
 だんだん、道が坂がちになってきた。人のいないほうへ逃げ続けた結果、こんなところまで来てしまったらしい。家々の間に木々が繁っているのが目につく。このあたりはまだ、昔の自然に囲まれた町なみが残っている。
「ねえ。わたしたちのなかに入る前、あなたたち、変な光る棒出してたよね」
 久しぶりに、有希が口を開いた。左右に激しく避けながら喋っているので、ところどころ、声が聞こえにくい。
『ああ』
「あれって、いまは出せないの? あれ武器なんでしょ」
 ずいぶん、物騒なことを言う。
「そんなのできるわけないだろ。できるならとっくにやってるって」
『いや、できないことはない』
 しかし、中の男は亮介の言葉をひとことで否定した。
「な、なんで黙ってたんだよ、そういう物騒なことを」
『この体で上手くいくかどうか、わからないからだ。現に、走力は落ちているのだし』
 これで落ちているのだと言う。こいつらのことだから、いまさら驚きもしないけど。
『でもまあ、やってみる価値はあるかもしれないな。反撃できるのなら、この先のやりかたを考え直せるし』
「ちょっと待てよ。まさか、戦うってのか?」
 棒とか球とか出せたとしても、やるのは生身のこの自分の体だ。シャレじゃすまないことになるかもしれない。そんな危ないまね、簡単には許せない。
「でも、このままだったらいつまでも追ってくるよ。捕まっちゃうじゃない」
「なっ」
 しかし亮介の意見は、なんと有希に反論されてしまった。宇宙人にならともかく、これでは言い返せない。
 有希は信じているのだ。宇宙人たちがうまくやってくれることを。最悪、攻撃ができなかったとしても、なんとかしてくれると思っているのだ。
 もちろん、亮介はそこまで思っていない。が、有希に反論することは、亮介にはできなかった。好きになってもらえないのは諦めがつくけど、嫌われるのだけは絶対に避けたい。
『仮にうまくできたところで、状況がよくなるとは思えないけど。数の差がありすぎるし、この星から簡単に出られないことには変わりないわ』
 有希の中の声が、そんなことを言う。
『私だって、そんな大きな期待はしていません。でも、とにかく一度やってみます』
 亮介の中はそう答えた。それから手を顔の前に持ってきて、開いたり閉じたりを繰り返した。なにかを確かめているように、亮介には見えた。


 坂はますますきつくなってきて、家よりも草や木のほうが多くなってきた。まだ追っ手の緩む気配はない。視界の端で〝消火栓〟と書かれた赤い円盤が、ひしゃげて飛んでいくのが見えた。もうすっかり薄暗い。街灯にも明かりがともり始めている。
 と、右手に鳥居が見えてきた。山肌にぽっかりと開いた横穴みたいな印象を受ける。亮介の体は迷わずそこをくぐると、石段を五段飛ばしで駆け上がっていった。駆けると言うより、飛んでいると言ったほうが正しいのだけれど。
 頂上に着いて、さらに境内を本殿に向かって走る。
 と、前方の本殿の屋根瓦が、なにかに弾かれて落ちた。もう追いついてきたらしい。亮介の目は確かに、空中に残る光の残像を捉えている。
 賽銭箱の前まで来て、亮介は足を止めた。振り返る。
 薄暮のなか、木の上にひとり、階段を上がってきたのがもうひとり、いるのがわかる。ふたりとも、すでに手に球を備えている。その光のおかげで、ふたりの姿が浮かび上がって見えている。
 ふたりは一瞬、目配せし合った。
 そして次の瞬間、まったく同じタイミングで球を投げ放ってきた。金色の筋を描きながら、まっすぐこっちに向かってくる。いままでで一番、正確な狙い。まずい。
 が、亮介の体は逃げもせず、逆にその場に腰を落として身構えた。同時に、右手のなかに光る物体ができ始める。光はどんどん満ちていき、球型に大きくなっていく。
 その間にも、相手の球はぐんぐん距離を詰めてくる。残像の尾を引きながら、確実に亮介たちに迫ってくる。
 当たったら、ただじゃすまない。
 亮介の心はずっと、避けたい気持ちでいっぱいだ。しかし体は当然従わない。
 そして視界が、とうとう相手の球の光でいっぱいになった。もう間に合わない。怖くて見てられないが、まぶたひとつさえいまは自由にならない。
 そんな、もうまさにギリギリのタイミングで。
 亮介の右手が振り抜かれた。
 投げた球は、目の前の球に当たった。互いに弾けて細かく分裂する。分裂した球のいくつかは、少しあとから来ていたもうひとつの敵の球に当たって、それもまたさらに分裂した。無数の球が、色んな方向へ飛んでいく。
 木の上のやつが足場にしていた枝に、球が直撃した。枝は折れる。そいつはバランスを取りきれず、そのまま転落した。さらに空中でもう一発もらって、受身も取れず頭から地面に叩きつけられる。
 もう片方も、球が当たって折れた大枝の下敷きになってしまった。
 見事なまでに、攻撃は決まった。
 これは充分使えるレベルだろう。そう、亮介は思った。元の体のときはどうだったか知らないけど、たぶんほとんど力は落ちてないんじゃないだろうか。もちろん、戦って欲しくない気持ちに変わりはないけれど。
 数秒、グリーンたちを見届けるように視線を流していた亮介だったが、それを打ち切って、本殿の背後に回った。
『やっぱり、普段通りにはいきませんでしたね。予想の範囲内でしたが』
 亮介の中の声が、そんなことを言っている。
 あれでもまだ、元の力には及ばないらしい。こいつらは本当、底が知れない。地球人の常識なんて、宇宙レベルで見たらちゃちなものでしかないってことなんだろうか。
 亮介の足が、眼下の斜面に踏みだされた。
 答えなんて出そうもないので、亮介はそれを気にするのをやめた。


 草だらけの斜面を下りきると、宅地開発中の土地が広がっていた。前方の丘陵までの間に、整然と区切られた区画が並んでいる。
 空はすでに紫がかっていて、気の早い星はもうまたたいている。
 街灯の光のなかを、亮介たちは走り抜ける。複数の方向からの明かりに照らされて、まるで影が、踊っているように見える。いま気づいたが、この宇宙人たち、走っているのに息を乱していない。
『ねえ。こんなこと言うとまた、やる気がないんですかって怒られるとはと思うけど……』
 突然、前を行く有希の中の声が口を開いた。よく聞けば澄んだソプラノだ。右手にザックを持っているので、そのフォームはやや右に傾いている。
『なんか、走りにくくない?』
『そうですか? 確かに体になにか被さってる感じがして妙な気はしますが、無視できることだと思いますよ。……そう思ってしまうのは、シュリア様の心のなかにまだそういう気持ちが――』
『ううん。本当にそうじゃないの。あなたが頑張ってくれてるのを見たら、それをムダになんてできないし。でもこれ、やっぱり邪魔よ。こんなのがあったら、そのうち追いつかれると思うんだけど』
 言いながら、有希の左手が半分、お腹をすべるようにスカートのなかへ差しこまれた。そして制服のブラウスの裾を引き抜こうとする。
「ちょっ、なに、やめっ、やめてって。ストップストップ!」
 有希が悲鳴をあげた。亮介の――いまは宇宙人の目が、叫び声に反応して有希のほうを見る。
 ブラウスは胸の上まで捲り上げられていて、〝それ〟が丸見えになっていた。街灯の明かりのなか、淡い黄色をした〝それ〟が、背中を横断しているのがはっきり見える。肩甲骨の出っ張りが、妙にいやらしい。普段なら絶対目を逸らすんだろうけど、宇宙人のせいでそれもできない。
『叫ぶな。敵に見つかってしまう』
「いいから、ちょっと止まって。早くっ」
 亮介の目があたりを見回す。
『あそこへ行きましょうか。遮ってもらえそうですし』
 もう近くまで迫っていた丘陵を、亮介の手が示した。高い木々が壁のように並んでいて、強固な感じを受ける。
 そこを駆け上がると、やがて、少し開けたところに出た。亮介たちは足を止めて、それぞれ荷物を地面に降ろす。きつい斜面を上がってきたが、やっぱり息はそのままだ。
『さっきから、なにを騒いでいたんだ』
 亮介の中が非難の声をあげる。
「いきなり服を脱ごうとしたから。まったく、なに考えてるの」
『……服って、なんなの?』
 と、有希の中からそんな質問が返ってきた。
 さすがにこの返事は有希も予想してなかったらしい。しばらく、言葉に詰まってしまう。
「あなたがいま脱がそうとしたでしょ。それが服」
 再び、説明を試みる。
『それが、なんで脱いじゃいけないの』
「人前で裸になる習慣はないからっ。地球には」
『どうして』
「恥ずかしいからっ」
『だからなんで』
 有希はまた黙りこんでしまった。これ以上続けてもキリがないだろう。
 亮介は、話題を変えさせることにした。
「もう撒けたんじゃねぇの。攻撃もしばらく来てないし」
『ああ。そうだな』
「じゃあさ、そろそろ説明してくれよ。あんたたちのこととか、なんで逃げてるのかとか」
 これ以上、わからないことだらけでい続けるのは無理だった。
『わかった』
 亮介の提案に、男は素直に同意した。そして静かな口調で、語り始めた。
『私たちは、ザンファートロー第四惑星・ウィレールから来たんだ。私の名は、祖導ウィレール王国宮廷特務隊所属、ローデュクーベ=ガーティス。そっちに入っておられるのが、祖導ウィレール王国第一王位後継者、ウィレルエシテル=レピンニ=シュリア様だ』
「ちょっと待った。いきなりそんな固有名詞言われてもわかんないから。もっとかみ砕いて説明してくんない?」
 なんとか王国とか、馴染みがなさすぎる。
『なるべくやってみよう。……宮廷特務隊というのは、王族警護を担当する部隊だ。私はそこに所属していた。そしてそのために、王女であるシュリア様の護衛を仰せつかることとなって、ここまでやって来たんだ』
『ガーティス、もう王女でもないわ。父様も母様も、みんなあいつらに殺されて、王家は亡んでしまったんだから』
『いえ。シュリア様が生きておられる限り、王家は継続しています』
 ふたりは深刻な声でそんなことを話し合っている。
 かみ砕こうとはしてくれたんだろうけど、やっぱり亮介にはよく飲みこめなかった。もっと低い次元から話してくれないと困る。
「殺されたってことは、クーデターかなにか起こったの? そこからあなたたちは逃げてきて、ここまで来た、と」
 と、有希がそんな推論を口にした。いまの話を聞いて、どうしたらクーデターに行き着けるんだろうか。
『そうだ』
 しかし、ガーティスと呼ばれた、亮介の中の男は、低い声でそれを肯定した。
 わかってはいるつもりだったが、やっぱり、自分と有希との間にある溝は深い。こっちは普通の公立高の生徒、あっちは名門女子校として有名な学校の生徒だ。あらためて示されると、さすがに落ちこむものがある。
「で、ずっと気になってたんだけど、体のなかに入るってのはどういうことなの」
 そんな亮介の気持ちとは関係なく、有希がさらに疑問をぶつけた。
 亮介の体が、幹に体重を預ける。
『私たちの星では、体と精神が別々なんだ』
「え」
 また意味不明なことが出てきた。とりあえず続きを聴く。
『太古の時代は、他の多くの星と同じように体と精神が一緒だったらしい。ただ当時から例外もあって――』
『ガーティス』
 シュリアが張りのある声で、説明を遮った。
 亮介の目が有希の表情をうかがう。暗闇のなか、有希の顔が横に振られてるのが、かすかに見えた。
 咳払いをして、ガーティスは説明を続ける。
『近代になって科学が発達し、そのなかで臓器移植に関する研究も多くなされていった。その研究の結果、体と精神は別個のもので、切り離せることがわかったんだ。いまではもう、体は消耗品扱いになっている。用途に合わせて使い分けたり』
「つまり、地球で言うところの服みたいなものね。作業用とか、暑い用、寒い用とか」
確かめるような口調で、有希が言う。
『まあ、そんなところだ。……しかし、服というのはそういうものだったのか。ううむ』
 ガーティスが小声で、そんなことをつけ加えた。本当にこの宇宙人たちは〝服〟がなんなのか、わかってなかったらしい。
「じゃあなんで、わたしたちの体に入ったの?」
 有希が気分よく、さらに質問をぶつけた。
『あのとき、私たちの体が傷ついていたのは見ただろう。もうあれ以上もたなかったんだ』
『本当はまだ使えたんだけど、ね。体ってのは消耗品じゃないとわたしは思ってるし。しかも、その結果がこんな、あなたたちを巻きこんでしまうような』
『シュリア様。そのことについてはまたあとでお話しするので今は黙ってください』
 シュリアの言い足した言葉を、ガーティスは強引に遮った。そういえば、体を捨てた捨てないで揉めていた気がする。
「まあともかくまとめると、あの体じゃもう逃げられなかった、ってことか」
『そうだ』
「で、逃げるために俺たちの体に入ったと」
『ああ』
 ようやく亮介は、この宇宙人たちの言ってることがつかめてきた。しかし。
「それだけ聞いてると、まあしかたないかなって気になるんだけどさ」
 今度はどうしても訊きたい疑問が出てきた。
「あんたたちの星では、もうすでに精神のある体に新しく別の精神が入ってくるなんてこと、あるのか?」
 もしかしたら、この宇宙人にとっては、ふたつの精神が同時に存在することなんて当たり前なのかもしれない。
『いや、ない。体の制御がややこしくなるうえ、精神そのものにも悪影響を及ぼすことが科学的に証明されている』
 ガーティスが答えるまでに、わずかに、間があいた。
 やはり、この状態は彼らにとっても〝変〟なのだ。
「じゃあこれは、どういうことだよ」
 亮介は問い詰める。返事はない。
「どんな事情があったのか知らないけどさ。こんなことして、俺たちに迷惑をかけてまで逃げようなんてのは、勝手すぎるんじゃねぇの」
「ちょっと。それは言いすぎだって」
 見かねたのか、有希が亮介をたしなめてきた。
「じゃあ、はや……早瀬は納得できるのか? 俺たち、巻きこまれたんだぜ」
「でも」
『ガーティスは』
 そのとき、シュリアがまた張りのある声で割って入ってきた。
『ガーティスは、本当ならわたしについて来ることもなかったの。……あの夜、特務隊の人間はほとんどがクーデター側に寝返ってしまって。ガーティスもそうすることができたはずなの。なのに、いまでもわたしのために行動してくれている。だから、お願い、ガーティスを責めないであげて。悪いのはわたしがいるせいだから』
『やめてください。私なんぞのためにそこまで仰られるのは。それに私は、信念を持って行動しているんです。周りに流されるなんてこと、ありません』
 沈黙が流れた。
 宇宙人たちの話は、やけに具体性があって、雰囲気が重たくなる。
 その重たさに耐えきれず、亮介は自分から口を開いた。
「もうあの、光るリモコンみたいな装置はないんだろ」
『ああ』
「わかった。もういいよ。しばらくつきあってやる。どうせこの体から、いますぐ出てってもらえないんだし」
 なるべく無愛想に聞こえるように気をつける。
『すまない』
 ゆっくり、しかし確かな響きで、ガーティスは言った。シュリアもほっとしたような吐息を漏らしている。
「で、一応訊いときたいんだけど、あんたたちはどこに向かって逃げてるんだ?」
『えっ』
 亮介の質問に、シュリアが変な声を出した。
「いやだからさ、どこかに宇宙船があるんだろ。あんたたちが乗ってきた。当然あんたたちはそれに乗って、地球からさらに逃げるつもりだと思うけど。ようはその宇宙船が、ここからどれぐらい離れたところにあるのか訊きたいわけ」
『ないんだ』
 ガーティスの言ったことが、亮介はよく聞き取れなかった。
「なんだって?」
『私たちが使える船は、今この星にはないんだ』
 口を挟ませる間もくれず、ガーティスはさらに続ける。
『ここに逃げてくるまでに、私たちはかなり船に無理をさせてしまった。それで、船が故障してしまったんだ。私たちは一番近くにあったこの星に不時着するしかなかった。一応、王家支援者間で使われている秘匿コードで救難信号は出したが、助けがいつになるかはわからない。第一、今このあたりの宙域は包囲されているから、この星の地表まで入りこんでくるのは相当難しいだろう』
 淡々と言われたが、その事実がどれだけ重いかは亮介にもわかった。むしろ淡々と言われたことで、重さがさらに増した感じだ。騒いだり慌てたりしても、どうにもならないぐらいひどいってことなんだから。
「じゃ、じゃあ、あなたたちは、助けが来るのをずっと待ってるの?」
『ああ』
「何年かかっても?」
『そのつもりだ』
 決然とガーティスは答える。言葉に、一切の迷いはない。
 亮介の心のなかで、なにかが沸き起こってきた。
「ふっ、ふざけんじゃねぇよ。お前らが宇宙の果てまで逃げることになってしまったってのは、ちょっとは同情できるけどさ。勝手に入っといて何年も出ていかないなんて、何様のつもりだよ。いまから俺がお前らを引き渡してきてやる」
「ちょっと清水くん」
 止めようとする有希の声にも、亮介は構わない。
「だいたい、お前ら誰でもよかったんだろ。たまたま見られたのが俺たちだっただけで。地球人バカにしてんのかよ。俺にだって、お前らを引き渡すことぐらいできるんだからな」
 亮介の心には、暗い色のかたまりが溜まっていた。
 いきなり、体を乗っ取られたことがショックだった。意識だけがやけにはっきりしていて、そのくせ思い通りに体を動かせない。目を逸らすことも、逃げだすことも許されない。
 ある意味、牢屋よりもひどいんじゃないかと思う。
 しかも宇宙人たちは、何年かかっても構わないと言った。
 考えたくないけど、もし、もしまさか、こんなことが何年も続いてしまったら。そのうち、完全に体を乗っ取られてしまうんじゃないか。こいつらに、奪われてしまうんじゃないか。
 そうしたら、まずこいつらは服を知らないから着替えない。どろどろに汚れたみすぼらしい格好で逃げ回るんだろう。風呂の習慣はどうだかわからないけど、こんなにずっと追われ続けるんなら、たぶん入る余裕はないと思う。食事の余裕さえないかもしれない。飲まず食わずで、あてもなくさまよい続けるのだ。
 そして自分は、ただそれを中で見ていることしかできない。
 自分だけならまだいい。でも有希には、もっとちゃんとした人生があるはずなのだ。こいつらはそれさえ犠牲にしていくっていうのか。
 そんなことを考えると、言葉が止まらなくなってしまう。こんなときだからこそ、落ち着いて先のことを考えるべきだってことはわかってるのに。止まらない。
 しかしガーティスは、そんな自分の反応を見透かしていたようだった。
『引き渡しても、無事では済まないと思うぞ。この星の人間のサンプルをやつらは欲しがるだろうし。船のなかで、体をバラバラにされるかもしれん』
 よくもまあ抜け抜けと、そんなことが言えたもんだ。
「そこまでのことがわかってて、俺たちを利用しようと思ったのか?」
『すまない』
 ガーティスは言いわけもせず、あっさり認めてしまった。もっと反論してくるかと思っていただけに、なんだか拍子抜けだ。
 結局、どう足掻いても、この宇宙人に協力するしかないらしい。そう思うと、もうなんの言葉も沸いてこなかった。急速に心が冷えていく。
『だからムチャだって言ったのよ。こんなことして、パニックにならないわけがないんだもの。わたしたちと会うだけでもかなりショックがあったはずなのに、ましてやこんな……。あなたのほうも、もっと怒っていいのよ』
「わ、わたしは、あんまり怒るとか怒鳴るとかいうのは苦手だから。それに、心のどこかであっさりいま起きてることを認めちゃってる感じもするし」
 シュリアの問いかけに、有希はそう答えた。なんだか、有希のほうはもう心を開いているみたいだ。
『そう。……抗ってもどうしようもないって気持ちになっちゃうときもあるから、それはそれで仕方ないわよね』
「……うん。それよりさ、わたしのほうは攻撃とかできないの?」
『わたしには、そういう能力がないから。だから、できない。……本当は、こんな、ただ護られるだけの役立たずじゃいたくないんだけど――』
「完璧にそうってわけでもないんじゃない? そりゃ、直接は戦えないかもしれないけど、あなたを応援してくれる人たちみんなの支えになれるわけだし。気の持ちようだって。ところでさ、このあと支援者が来たとき、どうやって新しい体に移るの?」
『転移装置を使うの』
「あのまぶしかったやつか。あれって一回しか使えないの? わたしたちに使ったのがどこにも見当たらなかったんだけど」
『ええ。緊急用だから。何回も使えるものはもっと大きくて――』
 聞いてて、亮介は惨めな気持ちがした。なんであんなに有希は、簡単に受け止められるんだろう。こんなひどい目に合わされているのに。怒りとか、そういうものはないんだろうか。
 そのとき、頭上で枝葉の擦れる音がした。
『ん』
 亮介の首が背後を振り返る。
 木々の向こうの闇のなかを、不思議な色の光跡がいくつも舞っていた。すべてがこっちに向かってきている。もうこの場所はバレたってことか。
『もう来たか。急ぎましょう』
 ガーティスはそう言い、亮介たちはさらに上へと駆けだした。


        *


 同じころ。
 亮介の家の前に、異様な人間たちが集まっていた。
 皆、背丈は二メートル以上ある。しかも彼らは衣服を着ておらず、全身を同じ色に塗っているように見えた。ひとりを除き、全員が明るめのグリーンという統一感も異様さを掻き立てる。
 街灯に照らされた彼らの体が、鈍く光を反射している。周囲の闇から浮かび上がるその姿は、かなり不気味だ。
 そのなかでただひとり、黒に近い濃紺の体をした男が、路上に屈みこんで手のなかを弄んでいた。
 男の足もとには、赤と、青っぽい白の砂。
「ここまでするとはな。くくく……」
 こぼれる笑みを押さえようともせず、しきりに砂を弄んでいる。指の間から、何度も砂がさらさらとこぼれていく。
「あの、ギレーキ様」
 そのとき、男――ギレーキの頭上から、遠慮がちな声がかけられた。ギレーキはゆっくりと首を上げる。
 声をかけたのは、さっきまでここでのびていたふたりだった。ギレーキと目が合って、姿勢をさらに正そうとする。
「こ、今回の失敗は、あの、私めの、その」
「いい。気にするな」
 ギレーキは興味がないのか、もう視線を砂に戻している。が、なにかに気づいたらしく、その手を止めた。
「それより、な」
 そして、ゆったりとした動作で立ち上がった。すっかりおびえきっていたふたりが、さらに身をすくませる。
「お前らは、ほかに学び直さなきゃならんことがあるようだな」
「は?」
 一瞬、緊張が解けて、ふたりは間抜けな顔になる。
 そこへギレーキは、拳の裏で殴りつけた。
「上官に対して、上から話しかけるな」
「ひっ、も、申しわけありません」
 頬を押さえながら、ふたりは下がっていった。
 何事もなかったかのように、ギレーキは別の相手のほうを向く。
「追跡は順調に進んでいるのか?」
「はい。もう時間の問題でしょう。やつらの体はこうして砂屑になってますし。運動能力の低下は致命的なはずです」
 ウィレール人の使う〝体〟は使用を終えたあと、砂屑に分解される。環境への配慮と、見てくれの嫌悪感をなくすためだ。いま、赤と白銀の砂がここにあるということは、やつらがこの星の現地人の中に入ったことを意味していた。
「ところでギレーキ様。現地人のことは、どうしましょうか」
「一緒に捕まえればいいだろう。いちいち現地人から出して捕まえるなんて面倒だ」
 少しの間もあけず、ギレーキは答えた。
「しかし、もしですよ、現地人の体を捕らえたあと、隙を突かれて他の現地人に入り直されたりしたら」
「要らぬ心配だ。あいつらはあの体から出られん。王女はあのザマなのだしな。第一、あいつらが使える船はこの星にまったくないのだから、仮に入り直されたとしても事態は変わらん。あいつらの逃亡生活が少し延びるだけだ」
 と、ギレーキは集団を離れて、街灯の明かりの外へ出た。相手もあとをついてくる。
「それにな、ちょっと面白い演出を考えている」
「は?」
「こんな辺境まで来させられたんだ。それなりの愉しみがないとな。くくく……」
 ギレーキは遠くの夜空を見つめながら、想像に笑いをこらえられなかった。
 ――せいぜい頑張れよ、ガーティス。くくくくく……


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